「ヴィヨンの妻」 2009年 日本

ヴィヨンの妻

 太宰治の同名小説をもとにした映画で、主演は松たか子浅野忠信。さらには室井滋伊武雅刀広末涼子妻夫木聡から堤真一と豪華キャストが盛りだくさんだ。
 この小説は読んだことが無いのだが、人間失格と同様、太宰治らしい退廃的なストーリーで、はっきり言って暗い。でも松たか子の演じる佐知のキャラクター、そしてその演技力によって、救いが求められる。浅野もあまり好きな役者ではないのだけれども、この映画に関しては珍しい彼が観れたと思う。ここ数年観た邦画の中でピカイチの映画と言える。

 あらすじ
 大谷(浅野忠信)は売れっ子作家ではあったが、いつもいつも小料理屋でツケで飲んだくれる毎日を過ごしていた。そしてツケで飲むどころか、その小料理屋から金を盗んで逃げ出す始末だった。
 大谷は慣れない運動をしつつも家に辿り着くが、小料理屋に家を突き止められる。小料理屋、大谷の双方がさんざんわめき散らすが、それを鎮めたのは大谷の美しい妻佐知(松たかこ)だった。
 佐知は大谷が残したツケを払うべく、小料理屋の手伝いをすることになった。それを知らず思わず小料理屋に来てしまった大谷は始末の悪い雰囲気になるが、そんなこと知らん顔だ。小料理屋に行きづらくなった大谷は小料理屋にも顔を出さず、すきかってをする毎日…
 佐知はその美しさゆえ、小料理屋で働けば、佐知目当てで男たちがわんさかと店にやってくる。チップを少しもらうだけで佐知は喜ぶが、「そんな金額で喜んでは行けない」とどんどん高額のチップが渡され、佐知も小料理屋の夫婦も喜ぶ。
 でもそんななかで、佐知を特別な視線で見つめる若者が…

 <ここからネタバレの可能性あり!!>
 大谷のキャラクターがいい。佐知を愛してしまった岡田を付けようとするが、運動を録にしないせいか疲れきり、あえなく見つかる。その気まずさからでたのが「岡田君…飲もう!」だ!これには笑うしか無い。
 大谷は太宰そのものといっていいだろう。佐知という妻がいつつも他の女と心中を図る。しかも自分は死にきれない上に、「死に損なって言うのもなんだが、生きて行ける気がする」なんてセリフは吐く。
 佐知にしてみれば、これほど惨めなことはない。愛する男のために借金のカタに自らなり、大谷の悪口も浮気も受け入れて来た。それはひとえに大谷に愛されているからだと信じていたからだ。でもそんな思いは幻想だった。大谷は佐知を選ばず、秋子(広末涼子)を選んで一緒に死のうとする。秋子とすれ違ったときのあの秋子の目。完全に私が奪った、私が上だという目線で佐知を刺す。
 大谷はよくも悪くも自分に素直だ。故宮になることを恐れると素直にいい、死にたいと素直にいい、未来を恐れれば妻の前だろうと泣きわめく。だからどうも憎みきれない。
 でも、佐知はその大谷を助けるために、昔恋した男に対して金がないのに金があると言って弁護を頼む。そして貞操をひたすら守ってきたのに、辻に対して体を許すつもりで会いにいく、そのとき、自分を落とすためにアメリカ製の真っ赤な口紅をして変身する。これは自分ではないという思いなのか。ことが終わると高い金を出した口紅を軽々しく捨てる。しかし、その行為を大谷に感じ取られ、ただただ浮気をしたと勘違いされる。ここで夫婦の絆が完全に崩壊したように思う。
 でも、佐知も素直で、大谷を追いかける。そして「ただ生きていればいいじゃない」というセリフがすべてを救った。夫婦ともに問題はあるかもしれないが、ただ生きて寄り添うだけで幸せじゃないか、世間から何を言われようと関係ない。ただ、そばにいてくれれば…その一言でこの映画の重苦しい雰囲気から解放された。
 ひたすら松たか子がいい。色気もあり、明るさもあり暗さもあり…浅野忠信もいいね。初めて好きになった。あんなに表情が豊かだったかなぁと関心しきりだ。