「トウキョウソナタ」 2008年 日本

B001RABG8Cトウキョウソナタ [DVD]
香川照之, 小泉今日子, 役所広司, 黒沢清
メディアファクトリー 2009-04-24

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トウキョウソナタ公式HP

 今年映画館で初めて観た映画がこれでよかったと、心底思える映画だった。主演は俺の大好きな香川照之、その妻の役には小泉今日子。そして端役になんと役所広司とそうそうたるメンバーが出ているのだ。
 香川照之は会社からリストラされてしまうが、それを家庭に言えないという役を演じるのだが、相変わらずこういう情けない役をさせると天下一品だね!ほめてるんですよ(笑)小泉今日子はいい年の取り方をしましたね。もちろんあえて年を感じさせるメイクや衣装なわけだけど、本当にいそうな奥さんって感じ。子を想う、家庭を想う姿は本当の母を思い出させる。役所広司は…よくやったね(笑)名優と言われながらもこんな役をちゃんと演じるのが偉い。
 とまぁ、出ている人々がきれいに映画のパーツになっている。話は最初、どんなけ重いんだよと、観ていて胸が苦しくなるほどに辛い映画で、逃げ出したくなるほどだ。でも観てほしい、リアルな現代の家族関係。こんな訳ないと想いながらも冷静に自分の生活を振り返ると、ちょっとだけ似ているかもと想う部分があるだけだ。それをちょっと誇張したのがこの映画。そう人ごとではないんだよ。いつこうなるものかわからないという怖さがあるのだ。これは必見。

 あらすじ
 佐々木竜平(香川照之)は、大企業で総務課長として働いていた。しかし、折からのグローバル化により総務部としての仕事は大連の中国企業にすべて任せられることになり、会えなく竜平はリストラされてしまう。リストラなんて、情けない。親として、夫としての顔が立たない。だから竜平はリストラされた翌日も、いつもと変わらぬ様子で家を出て行った。
 佐々木恵(小泉今日子)は、二人の息子の世話をやき、家を守るべく専業主婦をしている。特に趣味がある訳でなく、掃除して、息子たちが帰ってくれば飯を作り、時にはドーナッツを作る。しかし、最近はドーナッツを作っても誰も食べてくれないし、息子達は家に帰って来ても部屋に閉じこもるか、そもそも家に帰ってこない。あぁ、最近ようやく免許を取れた。車を手に入れたいものだ。
 長男貴は、適当にバイトしながら大学生活を謳歌していた。でも、親父を観ていて、このまま親父みたいになりたくないと想ったのか、大きくなりたいのか、アメリカで軍隊に入りたいと想うようになった。
 次男健二は、学校での生活が面白くない。担任は独善的で、自分のことを嫌っている。一人家に帰ると、恐ろしくキレイな先生が個人でピアノ教室を開いている。一度ピアノをやってみたい…
 家族はバラバラ、恵はソファに寝転び、手を天井に突き上げてこうつぶやく「誰か私を引っ張ってー」

 <ここからネタバレの可能性あり!!>
 かぁー!最初の方は重い!重すぎるよ!押しつぶされてしまいそうだよ!どうしようもないね、いったい最後はどうなるのかと思ったよ。ところがひょんなことからひょんな結果になってしまいましたね(笑)
 竜平は小さい人間だった。ハローワークに行っても、これまでと同じことをできると思っていた。そんな訳はない。どこに行ってもリストラされたときに言われた「あなたは何ができるんですか?」の一言に答えられない。そんな人間に誰が仕事を任せられるのか。でも本人はそれに気づいていない。「何でもやる覚悟はある」とだけしか考えておらず、これまで大企業で課長だったとしか言えないくせに。
 しかも、高校の同級生に出会い、そしてその同級生の家族の生活を目の当たりにし、その悲惨な結末までみた。きっと同級生は、最後の最後に妻にすべてを知られていたことを知り、自らのアイデンティティーが完全に崩壊し、無理心中をしたんだろう。竜平はいずれこのままでは同じ道を辿ることをはっきりとこのとき認識したはずだ。でもそれでも自らのちっぽけなプライドを捨て去ることができなかった。
 恵は、必死に家を守っていた。今時珍しいぐらいに尽くすタイプの母親である。息子が帰ってくればすぐに飯やおやつを出そうとする。夫が帰ってくれば風呂やら飯やらの準備はするし、家庭のことも夫を立てるべきところはたてようとするし、夫に許可を得るべきことはしっかりと得る。さらに夫が失業してですら、それを秘密にして知らない振りをする。
 次男は素朴な希望を持っていた。ピアノを習いたい。でも父親の「唐突すぎる」という言葉一言で一蹴される。どんな話だった、一言めは突然くるものだろ?と心の中で思い、でも親父は一回言ったことは覆さないので、理不尽と思いながらも何もそれ以上言わない。だけど、次の日にゴミ捨て場で電子ピアノを見つけてしまったが為に、ピアノ熱が燃え上がってしまう。
 長男にしても、思いはきっと昔から思っていたのだろう。でも次男と同じく、話したところで、どうにもならないと言うことを経験上知っていたのだろう。だからギリギリの判断が切羽詰まるまで放置し、突然両親に話したのだ。もちろん父親は反対する。結局この父親はいわゆる「普通に平凡な道」しか歩かせるつもりがないのだ。だってこの父は平凡な道を歩んで来たから、それ以外の道を知らないのだ。そのくせ頑固な性癖なために、息子達にチャレンジさせるという発想が浮かばないのだった。
 そんな一家が崩壊するのは目に見えている。決定打は恵が夫の失業を知ったときだ。きっと恵は夫の失業を知らなければ、夫をもっと支えたかも知れない。激怒した夫に代わり、なんとか息子達を説得したかも知れない。でも、恵は失業を知ってしまった。だから失業してなお、親の威厳を保とうとし、矛盾したことを息子達に押し付ける夫をついに見限ってしまったのだった。
 そんなどん底に落ちて行ったとき、家族それぞれに問題が発生した。恵は強盗に入られて、しかも人質に取られてしまう。でも、この強盗犯も情けない。リストラされた家に強盗に押し入ってしまうなんて。強盗はこれまで仕事をやって来たが、それも失敗。あげくの果てに犯罪を犯しても失敗。このダメさ具合に、恵は旦那を重ねてしまったのだろう。何となく、この強盗にはどうこう身の危険が及ぶことはなさそうだと思った。そんな中、何と竜平に鉢合わせする(笑)この数奇さ!きっと恵は竜平に助けを求めたかった。見窄らしい恰好に驚きながらも。しかしその一方で竜平も平常な状態ではなかった。そもそも、自分が清掃員なんていう、これまでの自分では絶対に認められなかった仕事をしていることがばれたことに気が動転したし、しかも100万円という大金をネコババした直後だったからだ。思わず竜平は恵から逃げ出してしまうが、これが恵の頭の中の線をぷっつりと切ってしまったのだ。
 ここから恵の代わりようは面白かった(笑)これまでろくに運転できなかった癖に、いきなりぶっ飛ばし始める。それも夢に見ていたオープンカーで(笑)強盗にしてみれば、この女と地方でやり直そうとしてもまぁおかしくないですよね。あんなところまで付いてきちゃって、キレイな夕日を眺めたらね。でも恵は一人でなんとかやり直そうとは考えたかもしれないが(長男からも離婚すれば?と言われていたし)、まさか竜平と重なるこの強盗と一緒にやり直そうとは思わない。で、この強盗は失意のうちに自殺をしてしまう(笑、てか笑ってはいけないのだが…)。
 恵は強盗が自殺したことを知った。きっとどうやって車もないのに移動しようかとでも思っていたのかも知れない。でも朝日を見たとき、何かを悟った。でも、何かってなんなんだろう?結局、恵は家に帰ることを選択した。ダメな強盗が自殺したことで、やっぱり竜平には私がいないとダメとでも思ったのだろうか?見捨てることができずになぜか恵は帰る。
 一方の竜平も100万という大金をつかんで思わず逃げ出した。100万は大金とはいえ、結局家族4人が過ごすには中途半端すぎる。でも竜平には大金だと、必死に家に向かって走る。そのとき、車に跳ねられてしまう。でも、奇跡的にほぼ無傷で助かる(笑)竜平自身もきっと跳ねられた記憶はあるはずだ。でも起きてみたらゴミためのように葉っぱに埋もれて、薄汚い恰好で寝ていた。その姿はまさにホームレスである。あの、絶対になりたくなかったホームレスと同じところまで落ちた。いや、犯罪を犯している分、ホームレス以下である。家に帰っても居場所がないという意味でもホームレスだ。もう落ちきるところまで落ちきった竜平は、威厳もクソも、そして汚く中途半端なはした金を捨てることにした。そしたら気分が良くなって、家に帰ろうと思ったんだろう。
 次男も家を飛び出したい、そんなときに同級生の家出に関わり、その結末を知ったために、もっと遠くへ行こうとした。でも、結局は親ではなく警察に捕まり、どこかへ行けないことを悟り、家に帰った。
 この全員がうんざりと、疲れながら家で集合する様は面白すぎる(笑)疲れているし、それぞれが悟りを開いているため、お互いに無用な干渉はしないし、お互いを恐れない。だから、素直に「変な恰好」と言えるし、変に干渉せずにご飯を食べ続けることができたのだった。
 最後に、次男は無事にピアノを続けることができ、かねこ先生の言う通り、天才的な演奏で、審査員を黙らせることができた。でも両親はたとえ審査員がどう思っていようと関係ない、という雰囲気で健二を向かい入れるのだった。



 いやぁ。この最後のシーンいいですね!健二の自信満々な演奏が心に響きました。でもやっぱりわからないのが、恵がどう吹っ切れたのかということ。まぁ面白かったんだし、考える必要もないかもだけど。なんか気になる。
 あと、息子二人はそれぞれ自らの希望をかなえることができるようになったが、両親は?ということ。恵は結局家を守る役に戻った訳だし、竜平も新しい職を始めるでもなし、清掃員の仕事を続けている。息子二人は希望を手に入れ、両親二人は現状を受け入れるだけというこの不均衡に何か意味があるのか?というところに疑問が残りました。
 まぁ、とはいえこの映画はとても心に残りました。所々、わざとらしい演出やら無理のある設定。例えば、朝の通勤風景にしてもあんなにキレイにしかもあんなにたくさんの人が歩いてないでしょ?とか、飯の炊き出しもホームレスが時間に正確に集団で現れるかよとか、高校の同級生もたかだか3ヶ月失業しただけで、保険やらにあんなに詳しくなるかよとかね。まぁ些末なことだし、それで映画の評価が下がるわけではないけどね。