そこから無限に

 ある猪のようにでかく、いかめしい顔をした黒い剛毛な犬がいた。どうやら追われたボス犬か、あるいは別の縄張りに迷い込んだ犬のようだ。その犬は何匹もの犬に囲まれていて、牙をむき出しにして涎をたらして抗っている。
 しかしそのでかい図体も、5匹も6匹もいる犬にはかなわなかったようだ。すべての犬が群がるように飛び掛り、その犬はなすすべも無く牙の餌食になってしまった。後ろ足が引きちぎられ、はらわたがえぐられてしまった。もはや死ぬのみとなったその犬は、凡そを失い申し訳なさ程度に残った後ろ足を引きずり、石畳の道路と漆喰で作られた建物のそばの溝にうずくまった。
 3日もたったころ、とっくに絶命した犬がまだそこにいる。俺は、そして他の人も、そしてそんな有様にした犬たちも、誰もその犬にかまわない。すでにただの肉片と化している。腐っていきながら死んでしまっただろうその犬は、体が溶け出し、今では蛙の卵の様にブヨブヨとした、黒い光沢を放つ不気味な存在になっていた。
 その存在の横を、太った老婆が大きな犬を連れて散歩しに来た。どうやらドーベルマンらしい大きな黒きな犬は、何を思ったのかその存在に突如として喰いかかった。最初は後ろ足に、しかしすでに両足とも失っている。次に前足に喰らいついた。腐ってしまったその体は容易にもげてしまう。前足の足首に牙をさし、首を90度左に振ると、見事に足の付け根からごっそりともげてしまった。
 するともげたその面からボトボトと大量のウジが落ちてきた。前足だと思っていたその部位は、いまやウジの住処となり、犬としての肉はすでになく、皮の寸前まで食い尽くされていた。散歩に連れてきた老婆は、黒いドーベルマンの乱行に対してトチ狂ったように騒ぎ、手を顔に当て、でも目を覆ってみたくない感情とは裏腹に、中指と薬指の間からじっと見つめていた。
 ボトボトと落ちたウジは地面に到着すると同時に四方に拡散した。その中の数匹が俺の方に向かってくる。俺はあわてて飛びのくが、ウジとは思えないありえない速さで向かってきたために、何匹かが足に付着した。俺は気持ち悪くて手で取り除くことも出来ずにただただ下手なダンスをするかのように飛び跳ねて振り下ろした。しかしウジもしぶとくなかなか落ちない。
 ついに俺は胃の中身をすべてぶちまけそうになる。のど元を通り、いま口に内容物が到着しようとしたとき、その異様な感触に戦慄を覚えた。それは胃の内容物などではなく、ウジだった。最初は数匹、確かな意思を持って動いていることがのど元を通るときに感じてわかった。吐瀉物となったウジは犬の足から落ちたウジと同じように四方に拡散した。でもその数匹のウジの感触でいよいよ本格的に吐き気を覚え、第二波がやってきたとき、僕の口からは胃の大きさと同じ分だけの大量のウジを道路に吐いた。
 その瞬間、俺は飛び起きた。まだ薄暗い朝だった。
 
 ここ数日、よく夢を見る。それも大抵悪夢だ。もっとも悪夢だからこそ覚えているのだろうけど。それにしてもこの夢は何を暗示しているのか。自分が主人公ですらない夢なんて始めてみた気がする…
 誰か心理学に詳しい人は、分析してもらえないだろうか。