「潮騒」を読んで

潮騒 (新潮文庫)

潮騒 (新潮文庫)

 「潮騒」。この「潮騒」って美しい日本語ですよね。(うしおのさわぎですよ。本当に日本語には風流があっていいですね。これは漢字の文化の賜物です)。とにかく、爽やか過ぎるほど爽やかな純愛小説。三島の中でも少し浮いた小説らしい。
 歌島という小さな孤島を舞台で、二人の若者の間に"潮騒"の調べに乗って恋心が運ばれてくる恋愛小説。三島のその表現力によって、目の前で物語が繰り広げられているような錯覚に陥りながら気がつけば爽やかな読後感とともに終わっていました。しばらく三島にはまりそうな予感。次回は「金閣寺」にしようかな。

 あらすじ
 歌島という漁業で成り立つ小さな島に住み、御託にもれず新治も小さな船で漁師として雇われている。しかし、いつしかこの小さい島に縛られず、いつも遠くで航行している貨物船に乗って、太平洋を行き来したいと夢を見ている。
 そんな中、島の有力者の娘である初江が本島から呼び戻された。その娘は美しく、たちまち島の噂になる。
 そんな初江に新治も一目ぼれをしてしまう。しかし、貧しい自分と初江では身分が違いすぎる。何よりも新治は無口で話しかける機会があったとしても話せないだろう。そんな中、偶然に彼らは出会い、恋に落ちるが、閉鎖的な島にいるためにおおっぴらに恋愛など出来るわけも無く、二人ひそかに愛し合おうとするが…

 <ここからネタバレの可能性あり!!>
 さて、初めての三島作品を読んでの感想としては、まぁいまさら俺が言うことでもないけれどもその写実性でしょう。あまりに詳細な描写やその際の比喩のうまさにただただ驚いた。だから読者の頭の中に明確なイメージが出来上がるんですよね。その証拠としてというか、2,3日読めなかったときでも、読み始めるとすーっと入っていけてしまう。大抵2,3日たってしまうと、「あれ?どこまで行ってたっけ?」てな感じで2,3ページほど戻ることが多いのですが、この作品はまったくそんなことなし。
 歌島という設定がまたいい。閉鎖的な環境だから二人は秘密に付き合う。その秘密がまた二人の愛を増幅させる。ロミオとジュリエットのような関係である(「ダフニスとクロエ」というギリシャの話を元にしているようだが…)。
 しかしまぁ、二人の愛はあれども性に関する記述が一切なかったですね。バタイユ直後に読んだ自分としては、最初の初江が裸になったときにはてっきり…しかもその後に安夫が襲おうとしたときには、なんてこったと落ち込みかけたのですが、まさかあんなパロディみたいなオチで終わらせるとは…あのシーンだけはなんとかならんのかと思いましたね(笑)
 そんなことはあれども、この「潮騒」はすばらしかった。若い男女の内面や、閉鎖的な島だから人々は言葉を多く交わさなくても通じるのか、もちろん時代背景もあったんだろうが、男の寡黙なこと、でも言葉を発散しない分、内面には力強い意思が隠れているという、その雰囲気を見事に言葉で表現するその描写力にただただ感動した一作である。
 ただ、唯一気になるのが、最後のシーンである。最後のシーンというか最後の3行で、それまでの爽やかさからぐっと不安にさせられて終わってしまった。新治と初江が始めて精神面で食い違ってしまうのだ。全然俺が話を読めてないのかも知れないが、2人がはれて表にたって入れるようになったとき、すれ違いが始まってしまったのではないかと思う。秘密な関係でいる間は、あまりあうことが出来ずにいたので、それぞれのことをよくは知りえなかった。もちろん知れた部分については二人は見事に合って、深く考えられたかも知れないが、いざずっと一緒になってみると、お互いが知りたくないものを知り、会えないときに考えていたことが少しずつ妄想であったということを、残念な結果であったことを気付く最初の小さなすれ違いでは無かろうか。なんてことを思ってしまった。そうだとすると、この話は一気に悲劇になってしまう…