飲むために死ぬ

 久々に「リービング・ラスベガス」を観る。
 "死ぬために飲む? いいや 飲むために死ぬんだ"。もともとはハリウッドで有名だったベンが、ただただ死ぬためにラスベガスに行き、ひたすら飲み続ける。そんな彼に、なぜか、だけども自然に、激しく惹かれてしまうサラの2人の話。
 ストーリーはもちろん、音楽、映像、脚本、そしてニコラス・ケイジの演技…すべてが最高の映画だ。なんか"映画"という言葉すら陳腐に思える"映画"だ。
 これは本当に、何度観たって飽きない。飽きないどころか、どんどん好きになる。これが本物の証拠だ。今日はこれを観ようとワインを買って、観ると同時に飲み始めた。今はベンほどではないがいい気分だ。
 これは(あえて「この映画は」という表現を避けているが)、僕の悲しい哲学に響くものだから好きなんだろう。"人はもがき苦しんで這い上がるよりも、ただただ落ちていく方が美しい"、"人は本能よりも理性が勝ったときに死に向かう"…なぜか僕はそんな○○な思想をもっている(○○というところに何か言葉を入れたいのだがいい言葉が見つからない…)。
 これを勧めて好きになった奴はいない。大抵「大丈夫??」みたいな顔で俺を見る(笑)でも、これがいいんだ。なぜわからないのだろう?俺もまともじゃないのかな?人は誰もがもがき苦しんで生きている。ただただ落ちていくことは"堕落"であり、それは"逃げ"であり、"死"である。誰もが"落ちていくのは簡単"というけれど、誰もそうはしない。誰もがもがき苦しんでいる。でも少なからず、ただただ落ちていく人もいる。そこに美学は無いのだろうか?少なくとも俺にはできないこと。破滅的欲望を持っているのに、なぜか(本当に"なぜ"か)出来ない。だから美学を感じる。今日はまたこれを観れてよかったと思う。
 とても「生きる」が好きな人間の言う言葉じゃないと思う。でもなぜか好きなんだ。そしてワインを痛飲し、飲み干した。

「リービング・ラスベガス」レビュー