「es」 2001年 ドイツ

 皆さんはドイツ映画といえば何か浮かびますか?ほとんどの人は思いつかないんじゃないでしょうか?映画好きな人なら「バグダッド・カフェ*1とか浮かぶでしょうね。あるいは「ベルリン・天使の詩*2や「パリ、テキサス*3などのヴィム・ヴェンダースなんかも浮かぶかもしれませんね*4
 さて、この「es」ですが、これはもちろんドイツ映画です。でもちょっと変りダネなんですねぇ。この話はある有名な心理学博士が行なった、非常に有名な禁断の実験を元にした半実話の映画なんです。しかし、その実験はアメリカで行なわれた話なんですね。でもなんでそんな有名な話が映画産業が盛んなアメリカで映画化されなかったか?それは今でもアメリカでは裁判になっている事件なんですね。だから映画化できなかった。それどころか今でもアメリカでは公開されていない作品だそうです。日本にいることを感謝しながら見ましょう!

あらすじ
 元記者ながらも、今ではタクシー運転手で生計を立てているタレク(モーリッツ・ブライブトロイ*5)は新聞に載っていたある広告を見つけた。そこにはある心理学の実験に参加するだけで4000マルク(約25万円)の大金が手に入るのだ。そのレポートを書くことでまた記者としてのキャリアを復活させようという思いがあるのだ。
 その実験は2週間の間、看守と囚人の2グループに分けられすごすという、模擬刑務所での心理的変化を見るものだった。
 無事身体検査もクリアし、他の実験参加者たちとわきあいあいとしながら初日を迎える。囚人側に回ったタレクも最初で遊び半分に看守にいたずらをする。しかし、看守側はしっかりと統率する義務があるために罰をあたえる。
 最初は軽い乗りの実験であったが、記者として面白くしようとするタレクによって、だんだんとタレクと看守側、果ては囚人側と看守側の対立が激しくなっていく…

<ここからネタバレ!>
 だんだんと激しくなっていく対立。看守側はあらゆる手によってタレクを押さえつけようとする。次第に罰が強くなっていくが、特にある壁を越えたなと思わせるのが、タレクへの暴行そして尿をかけるシーンだろう。ここが壁だったなと思います。これを超えてからの罰はもう止まりません。そして最後にはレイプ、殺人へと突き進んでしまうんですね。
 この映画は本当にうまくできていますね、観客たちもまるで参加者のように抑圧された感覚を持たされ、看守側への憎しみすら感じます。僕なんか”えっ、そこまでするの!? そこまでしちゃうの!”ともう、監督の術中にはまりっぱでした。他にも、牢屋が変にキレイなんですね。いかにも大学が簡単に作った、という感じがしながらも、それが蛍光灯の明かりとともに、よりいっそう冷たい雰囲気にさせるんですねぇ。うまい!
 この実験は看守や囚人などの"社会的役割"を与えられることによって、いかに人間の内面に影響を与えるか、ということを見る実験だったんですね。その通りに看守側はよりサディスティックに、囚人側は卑屈になっていくんですね。
 この映画は囚人側から描かれているために、看守側の人格の変化が良く見て取れます。しかし、それはただの変化ではなく、この看守たちは狂ってる。という風に感じてしまうんですね。でも、そうでしょうか?看守たちは元はいたって普通の人間であり、一応は実験前にはテストもしているんですね。そして看守側でもっとも中心的リーダーとなる人間も最初は"与えられた使命を果たす"だけだったんです。まぁ確かにタレクによってトラウマをつかれ、少しゆがんだ形にはなりましたが。でも彼も、普段そのトラウマをつかれてもキレはしても、行動にはでなかったでしょう。やはり、そのときに"看守"という"社会的役割"があったから、行動に出てしまったんですね。
 その証拠といってはなんですが、実際の実験と映画のフィクションの部分の比較がパンフレットにあるんですが、違いというと、

  • もちろん実際にはレイプ・(大学の人間への)暴行・殺人はなかったし、反乱もなかった。
  • 実際の報酬は25万円ではなく、7,8万円。
  • 囚人側は、坊主にする変わりに、女性用ストッキングを頭に被らされた。
  • 看守はミラー・サングラスを着用し、目線がわからなくさせることでより匿名性を確保した。
  • トイレに行く時間も制限され、バケツにさせれれていたため、監獄は糞尿の匂いが充満していた
  • 5日目の夜に、被害者の家族が弁護士に相談し、開放するようにした。それによって6日目に終了となった。そのとき囚人側は安堵したのに対し、看守側は悔しがったという。

 など、むしろ映画より悪いじゃん!みたいなところもありました。
でも逆に映画と同じこともあって、"素手でトイレ掃除"などは本当だったんですね。最初"フィクションだから"と安心してこの映画を観ていましたが、パンフレットを見てビックリしてしまいました…
 人間ってのは、ほんとに周りであったり、常識、役割、習慣、概念というものに左右されやすいものですね。真実を見るよう努力したいものです。もっとも何が真実なのかが難しいところですが…

*1:1987年 西ドイツ:"calling you"という歌が有名

*2:1987年 西ドイツ フランス

*3:1984年 西ドイツ フランス

*4:なぜかヴィム・ヴェンダースは観たことがない。おもしろいですか?コメントください。

*5:ラン・ローラ・ラン」など。ドイツでは有名っぽい。