「生きる」 1952年

生きる

B000086F7R生きる [DVD]
黒澤明
東宝 2003-03-21

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 前に予告していましたこの「生きる」。最初に言っておきます。この映画にはすべてが入っています。自分でもわかっていますが、この映画を語りきれるとは思えません。
 私が初めて観た黒澤映画がこの「生きる」でした。私は基本的に邦画が大っ嫌いなので、いくら世界の黒澤と言われていようと、たいしたことないだろう。と思っていました。本当は「七人の侍」が観たかったのですが、2本組みで長かったので、"面白くなかったらどうしよう"という思いから、この「生きる」になったんですね。
 しかし、この「生きる」、今では人生ぶっちぎりでNo,1になってしまいました。

 あらすじ
 息子の光男のために、ひたすら役所でこつこつと数十年間働いてきた渡辺勘治(志村喬)。しかし、光男は自分が胃がんで、あと半年しか生きられないことを知る。
 息子のために生きた渡辺は息子が一人前に育ったことで責任を果たしたと思う。しかし肝心の息子は感謝のかけらもなく、それが当たり前と思い、さらに渡辺を金づる程度にしか見ていない。しかし、渡辺から息子を取ると何も残らない、今までの数十年間はなんだったのか?ひたすら役所で"自分を殺して"息子のために生きてきたのに…そして、これから半年どう過ごそうというのか?
 そこで飲めもしない酒を居酒屋で飲んでいるときに、ある三文物書きに出会う。渡辺は物書きにすっかり事情を話す、胃がんや息子、そしてここ数十年間自分は死んでいたと、そしてお金を使おうと5万円(当時のお金では大金)も引き出すが、遊んだこともないので使い方がわからない。そこで物書きは渡辺を歓楽街へ連れて行き、キャバレーやパチンコへ誘う。しかし渡辺は楽しいとは思えない、むしろむなしくなる一方だった。
 渡辺にとって、人間にとって、"生きる"とはなんなのか?そこに現れたのは、市役所の部下の一人の女性だった…

 というのがあらすじです。しかし、まぁ、見た方ならお分かりかと思いますが、これはほんのさわりです。でもこれ以上は言えない…

 <ここからネタバレ!!>
 主役、渡辺勘治は死というものを直前にして最初は絶望します。しかし、部下の女性(小田切とよ)によって"生きることとは何か?"を知る。小田切自体も生きるということがどういうことかは知らない。でも彼女は確かに"生きている"。渡辺もそれを感じて彼女に聞く。そして何かに一生懸命になり、何かを作ることという答えを知る。
 やる気になれば何でもできる。と公園作りに出かけた渡辺が、次のカットで突然通夜のシーンに変わってしまう。そこでは報われない渡辺がいる。助役に功績を盗られ、他の課長や部長には逆に渡辺いなければ、うまくいったといわれるしまつ。しかし、婦人たちの弔いによって真実を感じる。
 最初は真実がわからなかった。それぞれが好き勝手に言いまくる。でも、最後におまわりさんの最後の証言ですべてがわかる。自分の命を懸けて作ったものが完成したこと、そしてそこで死ねることで十分だった。彼は楽しんで死ねたんです。功績がどうかや、周りの評価なんてクソほどのものでもない。彼にとってはそんなことはどうでもいい。"人を憎んでる暇なんてない。わしには、そんな暇はない"
 通夜の最後にはみんな渡辺万歳となる。しかしすぐに人は元に戻る。木村だけは怒りを覚えるが、抵抗はできなかった。
 僕はこの映画にすべてを感じました。前半部では渡辺の哀しみと小田切と接することで知る楽しみを、後半部では役所仕事への怒りと目的の達成という喜びを感じました。この映画にはすべてが入っています。だからこそ"生きる"という誰一人答えのわからない。しかしすべての人間が考えることをテーマにしているにもかかわらず。完全に生きるということを唄い上げる事ができたのかなと思います。
 またこの映画は、喜怒哀楽だけでなく、人間の強さと弱さも語っています。もちろん強さとは渡辺の行動を、弱さとは日常に戻ってしまう人々を指します。でも、黒澤はそれ(弱さ)を許容してくれているんだと思います。このシーンは非常に重要だと思います。最後の一瞬ではあるけれど、このシーンで人間の本性が暴かれてしまいます。でもこのシーンによって人々は許されます。またこのシーンが無ければ、説教くさい、そして渡辺勘治という"一人の人間"を讃えるものになってしまうような気がします。
 人は弱い。死を直前にしてやっと目覚めた。でも人はいつかは死ぬ。でもだれも一生懸命生きようとは思わない。あと半年といわれ、絶望し、悩み、やっと気づくことができた。あと何十年も生きるはずの僕たちがすぐに渡辺のように生きれるわけがない。でもそれでもいい。すこしでも感じてくれたら、渡辺勘治という人間がいたということを知ってくれれば…
 黒澤は言いました、"この映画を観て、一生とは言わない、たとえ一週間であっても、影響されてくれればうれしい"と。僕は一生影響されたい。僕も弱い人間であり、すぐに志を忘れてしまうけれど、そのときはこの映画を観て、すこしでも"生きられれば"と思う。